(TEXT:井嶋ナギ)
―――― 準備編 ――――
今年も、「小唄in神楽坂」に踊りで参加させていただきました。ご存知のとおり、主催者の宮澤やすみさんは、今では「扇和やす」さんとして小唄界でも活躍されていますが、和菓子や仏像などの日本文化を専門とする文筆家。私も着物や江戸文化などを得意とするライターとして、数年前からお知り合いでした。
そんなやすみさんから、
「日本舞踊を習っているなら、僕が主催する小唄のイベントで踊らない?」
とかる〜く誘われたのが3年前。
このかる〜く、というのが彼のスゴイところ。たぶん熱く真剣に誘われていたら「いやいやいや私なんて下手だし滅相もない」と逃げていたと思うのですが、やすみさんの飄々とした風のようなお誘いに、「踊りまーす!」と軽い乗りで参加。結果、今年で3年目を迎えたのでした。
小唄は、長唄や常盤津のように20分以上あるような長い曲とは違って、5分くらいの短くてお座敷でサラッと歌えるような音楽。と言っても、小唄もいろいろ。「今年はこれで踊ってね」と宮澤さんから送られてきた小唄は、しっとり色っぽい『移り香』『浮世木枯らし』と、粋で威勢のいい『江戸祭り』の3曲で、それぞれ雰囲気がまったく違うのが面白くて。さっそく音源をiPodに入れ、「しっとり系の曲にはこんな振りを入れたらいいかも」「威勢のいい江戸っ子な曲には『藤娘』のあの振りが使えるな〜」なんて考えたり、はたまたDVDで坂東玉三郎さんの踊りを研究しながら(なんと無謀な…)、振り付け作業スタート。
日本舞踊を習い始めて、今年で8年目。自分で振り付けをすると、今まで師匠から教わった振りのひとつひとつ、もらった言葉のひとつひとつが、ザザーッと自分のカラダに蘇ってくるという経験ができて、ものすごく勉強になるんです。たとえば、足は必ずお客様の側の足を前に出す、とか、何かしっくりこないと思ったらとにかく腰を入れてみること、とか。3年前、初めて小唄に振り付けをした時に比べると、格段に振りのレパートリーが増えていることに気づき、断然振り付け作業が楽しくなってしまいました。できることが増えると、人って単純に楽しいし、嬉しいものなのですよね。
10月に入って、扇流家元・扇よし和先生と宮澤やすみさんと3人で、踊り合わせ。扇よし和先生に「踊り、上手になったわねぇ」と言われて大喜び。単に以前が下手すぎただけなんですが、褒められるとその気になる単純な私なので、まるで玉三郎にでもなったような勢いで、家で練習。日本舞踊って、何となくラクチンに踊っているように見えるかもしれませんが、ずっと中腰状態で踊らなくてはならないので、かなり筋肉を使うしハードな運動なのです。そんなわけで、連日、太ももとふくらはぎが筋肉痛……。でも、そんな筋肉痛状態も、緊張感があって楽しかったりして。
そうそう、忘れてはいけないのが当日の衣装。祖母が若い時に着ていた鮮やかな青の中振袖と、これも祖母が若い時に締めていた丸帯を袋帯に仕立て直したものを締めることに。私は、芸者さんや女博徒の粋なコーディネートなんかについて書いた『色っぽいキモノ』(河出書房新社/刊)という本を出しておりまして、本当は粋で姐さんなスタイルのほうが好きなんですが、舞台は華やかなほうがいいでしょうということで、蝶や蒲公英などの模様を染めた加賀友禅の中振袖に決定しました。
―――― 当日編:――――
そして迎えた当日。朝早く起きて、着物着て帯締めて、浅草へ。なぜ浅草へ? と言いますと、日本舞踊のお弟子仲間のお姐さんに教えてもらった、夜会巻きをうまく結ってくれる美容院に行くため。前髪と後頭部を大きくふくらませる夜会巻きって、結い慣れていないとなかなか難しいんですね。というわけで、それ専門の美容院で夜会巻きに結ってもらい、大満足。しかもその美容院の常連の方々に、「お若いのに着物を自分で着るなんて偉いわねぇ」とおだてられ、どっちかと言うと「お若い」というタームにいい気分になりつつ、神楽坂の毘沙門天へ。
会場は、毘沙門天に併設された書院。小心者の私なので、やっぱり本番前は緊張気味。楽屋にいても、iPodで曲を聴きながら何度も振りを確認したり、無印良品のチョコがけレーズンをひっきりなしに頬張ってみたり。やがて袴をキリリとはいたやすみさんと、鮮やかな紫色の着物を粋に着こなした扇よし和先生が、三味線を抱えながら節の確認を始めました。三味線を調弦するしぐさってカッコイイな〜なんて思っているうちに、お客様が続々入ってくる気配がして、緋毛氈を敷いた台座にやすみさんと扇よし和先生が座り、開幕。
「小唄in神楽坂」自体は今年でもう5年目ということで、やすみさんと扇よし和先生の息の合った掛け合いと、なごやか(かつクスッと笑える)トークに、会場が少しずつ暖まっていきます。吉原の唄、色気のある唄、神仏をうたった唄、と続いて、ついに出番! 私はスピーチやトークなどで人前に出ることはよくありますが、小心者で恥ずかしがり屋のわりに本番となるとスーッと肝が据わるのです……というか、そうしないとヒドイ事態になると分かってるので、「ま、なんとかなるでしょ」とムリヤリ思うようにしてるだけですが。
というわけで、お辞儀をしたまま幕が開き、扇よし和先生の唄とやすみさんの三味線に合わせて、踊りスタート。一番最初の『移り香』という曲は、
移り香や たたむ寝巻きの襟元へ ひと筋からむ こぼれ髪 帰してやるんじゃなかったに ふくむ未練の 夜のさかずき という、とっても色っぽい曲。こういう切ない恋心をうたった曲、多いんですよね、小唄って。そんな思いを踊りで体験できるって、なかなか楽しいことで(笑)。そして続く『浮世木枯らし』と『江戸祭り』と連続で踊り、会場の熱気と、照明と、もともと気温が高かったせいもあって汗ダラダラでしたが、心から楽しみながら踊りました。
その後も小唄演奏が続き、私は楽屋で汗を乾かすことと化粧直しに必死になりつつ、緊張も溶けて心おきなく、やすみさんと扇よし和先生による素晴らしい演奏に耳を傾けておりました。なまじあなたに会ってから 涙の味を知りました こんな思いをしみじみと 話す相手は影法師 裏座敷 っていう『裏座敷』という曲とか、初手は岡惚れちょっといいお方 中ほどはただもう足駄で首っ丈 今じゃ 好きで憎くて 憎くて好きで なくちゃならない好きな人 っていう『好きな人』とか、いいなぁ……としみじみ思いながら。
こんな曲を、自分で演奏したり唄えたりしたら、どんなにいいでしょう。何するということもなく、手持ち無沙汰で、でも物狂おしいような、眠れないような、そんな夜ってありますよね。そんなときに、つれづれなるままに三味線をつま弾きながら、「今宵逢うとのあだごとに〜」なんて唄えたら、どんなに心が慰められることでしょう。「芸は身を助く」と言いますけど、別にお仕事になるという意味じゃなくても、何か芸を持っているということはいろいろな意味で自分を助けることになるのだろうなぁと、そんなふうに思うのでした。
そんなわけで、無事「小唄in神楽坂」が終わりました。来てくださった皆様、本当にありがとうございました……! お忙しいなかわざわざ時間を割いて来てくださるって、本当にありがたく嬉しいことです。拙い踊りをお見せしてしまって恥ずかしい限りですが、でも、小唄の魅力とともに、三味線音楽で踊るって(本人は)楽しそう〜とか、日本の踊りとか音楽とかって何だか面白いな〜とか、そういうふうに思っていただけたら嬉しいです。主催者の宮澤やすみさんが「来年もやろう!」と仰ってくださったので、来年はもう少し上達した踊りをお見せできるよう修行したいと思っております。 来年もどうぞいらっしゃってくださいね。
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宮澤やすみ(右)と、その師匠の扇よし和家元(左)

2006年、初参加のようす

今年は”夜会巻き”でキメる!

今年も始まりました

肝を据えて、舞台へ!

大入満員のお客様。熱気がすごい
小唄 in 神楽坂 2008
2008年10月25日
神楽坂・善国寺毘沙門天にて
主催
宮澤やすみ(=扇 和やす)
出演
扇 よし和
扇 和やす
井嶋 ナギ
2009年の日程決まりました!
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